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茶の湯

日本におけるお茶の歴史とカフェイン

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「お茶、抹茶」というと、安土桃山時代(1500年代)に活躍した千利休がよく知られています。

でも実は、「お茶」は、もっと昔の奈良時代には日本に入ってきていたそうですよ。

今回は、お茶の歴史のお話です。

お茶の歴史

お茶

古くは奈良時代に、お茶がふるまわれたそうです。

 

お茶の歴史を遡ると、古くは奈良時代の宮中行事でお茶が振る舞われたという記録があるそうです。

聖武天皇の時代、宮中大極殿の季御読経(きのみどきょう)というお経を読む行事だったそうですよ。

 

その後、複数回に渡って、中国からお茶の実が日本に持ち帰られました。

平安時代に入って、遣唐使として唐に渡った最澄や空海も、唐から茶の実を持ち帰っています。

漫画 阿・吽

最澄:天台宗の開祖、空海:真言宗の開祖のお話。
いま、最澄と空海の漫画が月間スピリッツで連載中です。
管理人が学生時代に、こういう漫画があれば、歴史を好きになったかもしれないのに、、と思います。(完全なる余談です。)

阿・吽 1 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

管理人も使っている電子書籍ストアは、コミックシーモアです。

 

 

最澄や空海も、唐から茶の実を持ち帰った平安の頃、嵯峨天皇は、お茶を好んで、日本各地でお茶を栽培させたそうです。

 

その後、平安時代末期〜鎌倉時代初期になると、臨済宗の開祖である栄西が宋から茶の実を持ち帰りました。

栄西は、初めて「抹茶法」を伝えた人物とされています。

 

明恵上人(みょうえしょうにん)が栄西から贈られた茶の実を、栂ノ尾の高山寺で栽培したところ、良い茶ができた、という話があります。

高山寺は日本ではじめて茶が作られた場所として知られる。
栄西禅師が宋から持ち帰った茶の実を明恵につたえ、山内で植え育てたところ、修行の妨げとなる眠りを覚ます効果があるので衆僧にすすめたという。
最古の茶園は清滝川の対岸、深瀬(ふかいぜ)三本木にあった。
中世以来、栂尾の茶を本茶、それ以外を非茶と呼ぶ。
「日本最古之茶園」碑が立つ現在の茶園は、もと高山寺の中心的僧房十無尽院(じゅうむじんいん)があった場所と考えられている。
現在も、5月中旬に茶摘みが行われる。

引用:高山寺 高山寺について

日本最古だとされている、高山寺の茶園は、今でも高山寺に残っています。

高山寺は、茶園も有名ですが、何と言っても国宝の鳥獣戯画が有名かな?と思います。

ただ、鳥獣戯画は、普段は東京の国立博物館で管理されていると聞きます。

なので、高山寺に飾られているのは、複製の鳥獣戯画です。

京都市街地から高山寺へのアクセス
JRバスか、車で行くのが良いと思います。
車で行った場合、11月(紅葉の季節)は有料となります。JR京都駅からJRバス高雄・京北線「栂ノ尾」「周山」行で約55分
(途中、四条大宮・二条駅前・円町・北野白梅町などを経由)、栂ノ尾下車https://www.navitime.co.jp/bus/route/00031866/高雄・京北線[西日本JRバス]

 

抹茶の始まり:団茶法から抹茶法へ

鎌倉時代に、栄西が最初の「抹茶法」を伝えたとされています。

それまでのお茶は「団茶法」といったお茶の保存方法が用いられていました。

茶葉をお団子状にして保存したので、「団茶」と言われています。

(プーアル茶の塊のようなイメージでしょうかね?)

「団茶法」でも、実際にお茶を飲む際は、茶研(ちゃげん)と呼ばれる臼で粉末にして飲んだそうですよ。

ただ、抹茶法ほど微粒子ではなかったそうです。

 

団茶法から「抹茶法」になって変わったのは、茶葉の保存方法とお茶の挽き方です。

抹茶法では、茶葉は、塊にせず、そのままの形で、茶壺に保存するようになりました。

また、団茶法よりも細かく粉末状にするために、茶臼でお茶を挽くように変わりました。

一番古い茶臼の1つが、奈良の佛隆寺に残っているそうです。

http://www.city.uda.nara.jp/sin-kankou/guide/shrine_temple/t11.html

 

お茶を飲むことで得られる効果

お茶の効用:薬用

薬

お茶とお酒、どちらが体に良いか?って議論もあったそうですよ。

平安時代に、空也上人が、疫病の流行の際に、病人にお茶を飲ませたそうです。

お茶は、お薬とされていたということですね。

 

京都の六波羅蜜寺には、空也上人立像(鎌倉時代)が展示されています。

空也上人立像(重要文化財)
運慶の四男康勝の作。胸に金鼓を、右手に撞木を、左手に鹿の杖をつき、膝を露に草鞋をはき、念仏を唱える口から六体の阿弥陀が現れたという伝承のままに洗練された写実彫刻である。

引用:六波羅蜜寺 重要文化財一覧

お茶の効用が書かれた「喫茶養生記」

そして、最初の「抹茶法」を伝えた栄西が書いた「喫茶養生記」には、お茶の効果が書かれています。

喫茶養生記は、お茶の持つ延命の効果を書いて、お茶を飲むように、と勧めた本です。

茶は養生の仙薬、延齢の妙術なり

 

「肝臓は酸味を好み、肺臓は辛味を好み、心臓は苦味を好み、脾臓は甘味を好み、腎臓は鹹味を好む」という『尊勝陀羅尼破地獄儀軌秘鈔』を引用して、栄西は、

苦味を好む茶を服用すれば心臓が良くなり、すべての病気は治って、延齢長寿が得られる

と書いています。

お茶の効用:カフェインで気分をアゲル!!

お茶に含まれる「カフェイン」の覚醒効果も、実は大事なものでした。

出典は分からないのですが、管理人が聞いた話によると、戦国時代にはカフェインが入った飲み物というのはお茶しかなかったそうです。

 

そのため、戦国武将が出陣する前に、お茶を一服飲んで、気持ちを昂ぶらせてから出陣したという話をよくテレビなどでも見ることがありますが、それは、カフェインの効果を使ったもの、ということだそうです。

 

お茶碗の七かじり?戦国七雄?

はてな

この話は嘘かもしれません‥。

管理人が大学生時代に聞いた話です。

 

「お茶の七かじり」

7人の戦国武将がかじった、と言われているお茶碗がある。

7つ傷があって、それぞれ金継ぎされている。

関ヶ原の戦いの前に、7人の戦国武将がお茶を飲みながら茶碗を囓っていった。

 

これは作り話なような気がします。

この話は、茶道史が専門のおじいさんが話していたのですが、検索しても出てきません‥。

もし、ご存じの方がいらっしゃいましたら、コメントくださると嬉しいです。

 

唐の詩人、盧仝(ろどう)の「七碗の句」

空も飛べるはず

きっと、空も飛べるはず

 

お茶に含まれるカフェインの話は、お茶の生まれ故郷である中国にも残っています。

唐の詩人の盧仝(ろどう)のお茶に関する漢詩「走筆謝孟諫議寄新茶」の中に、「七碗の句」という部分があります。

その部分では、訳にもよると思いますが、お茶を6碗飲めば、仙人の域に達し、7碗飲めば、空も飛べる!ということを聞きました。

原文を載せておきます。

一碗喉吻潤、兩碗破孤悶。
一碗目のお茶をすすると、まず口に広がりのどがうるおう。二碗目は、いまだ捨てきれず一人もだえている煩悩に悶々としているのを破ってくれる。

三碗搜枯腸、唯有文字五千卷。
三碗目のお茶は、文才のない私の腸にしみわたり、探り出してくれ、経論五千巻が込められた茶により、詩文を蘇えらせてくれる。

四碗發輕汗、平生不平事、盡向毛孔散。
四碗目のお茶は、体の中を駆け抜けて軽い汗となって発散する、何事にも平常心でむかうべきところなのに平時のことではないことになり、それぞれの毛穴から噴出してゆく。

五碗肌骨清、六碗通仙靈。
五碗目には体の中の不純物が発散されたので肌や骨まで清らかになる、六碗目になると、ただ事ではなく仙界や霊域に行きついてしまう。

七碗吃不得也、唯覺兩腋習習清風生。
七碗目は仙界と霊域に達したからには口にして啜ることはいけない、ここまで来るともう、両脇からシューシューッと爽快な風が吹き抜け新しい気分が生まれるのを感じることがわかる。

引用:漢文委員会 盧仝 走筆謝孟諫議寄新茶

管理人に話してくれた人は、7碗の「両脇から爽快な風が吹き抜け」という意味を「空を飛んでいる」と訳したんでしょうね。

この話も、前述の茶道史を専門にしたおじいさんからお聞きしました。

 

いかがだったでしょうか?

ざっくりと、管理人的にお茶の歴史の面白い部分を抜粋して紹介してきました。

紹介したお話以外でも、お茶の歴史というのは長いですし、多岐にわたっていますので、お気に入りの部分を見つけるのも楽しいかもしれませんね。

 

参考

淡交社「茶道史」

里文出版「必携 茶の湯ハンドブック」


必携 茶の湯ハンドブック―日本の文化がよくわかる

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